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福岡高等裁判所 昭和62年(行コ)11号 判決

控訴人

北九州西労働基準監督署長(旧名称 八幡労働基準監督署長)浅野均

右訴訟代理人弁護士

山口英尚

右指定代理人

江上久継

生野明夫

新開勇

田口俊夫

内田茂

被控訴人

原口政彦

右訴訟代理人弁護士

市川俊司

谷川宮太郎

石井将

服部弘昭

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、主張の補充として次のとおり付加するほか、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人)

1  被控訴人の腰背部痛の経過について

原判決は、被控訴人の症状について、「現在、腰痛、背部痛、左膝の痛みを訴えており、職場に復帰するのは困難な状態にある」、「昭和四七年四月に入り激しい腰痛が発生して以来これが持続し、また、昭和四八年八月ころからは背部の痛みも確認され、同五〇年ころより背部痛も持続的になり、現在に至っているものと認めるのが相当」と判示している。

しかしながら、被控訴人の陳述書(〈証拠略〉)及び昭和四七年四月二四日の黒崎整形外科の診断結果によっても、被控訴人に昭和四七年四月当時激しい腰痛が存在した事実は認められず、また、被控訴人は昭和四七年四月以降一年数か月もの長期間にわたり平常勤務に就いており、その間、多数の病院で転々と受診しているものの、腰痛の発生時期、態様に関する被控訴人の説明は通院先の病院毎に異なり、被控訴人を診察した各病院の医師は、いずれも被控訴人の症状を先天性の腰椎分離症であって腰痛はこれに基づくものと診断している。被控訴人に昭和四七年四月以降原判決認定の如き激しい腰痛が発生し、これが持続したとは到底考えられない。

2  業務起因性について

原判決は、被控訴人の主張(第三次主張)する非災害性腰痛の有無について、「被控訴人の前記腰痛及び背部痛は、専ら、被控訴人が訴外会社の前記業務に長期間にわたり従事したために発生した疾病と認めるのが相当」と判示している。

しかしながら、以下の事情を考慮すると、右認定は誤っている。

(一) 被控訴人の従事した業務には、中腰で行う作業、重量物を取り扱う作業があったが、これは港湾荷役作業の一部にすぎず、その負荷の程度も腰部に過重な負担のかかるものではなかった。すなわち、洞岡現場では、ある程度腰部に負担のかかる石炭、鉱石の荷役作業があったが、その作業時間は断続的であり、しかも昭和三七、八年以降機械力(クレーン、ブルドーザー等)によって右作業自体が楽になったため、これらの作業による負荷は過重とは言いがたいものであった。沖口(本船)現場では、石炭、鉱石の荷役作業がなくなり、負担の軽いウインチ操作作業が主となった。その他、玉掛作業及び雑貨荷役作業もあったが、いずれも過重な負担のかかる作業ではなかった。中央沿岸現場では、玉掛作業と鋼材積付作業の責任者としての業務のみとなり、腰部のみならず身体に負担のかかることは全くなかった。原判決は、港湾荷役作業即重労働、という誤った先入観に捉われた不当なものである。

(二) 被控訴人は、本件事故前、腰痛の主訴で医師の診断、治療を受けたことはなく、仮に本件事故前に腰痛があったとしても、それは労働負荷の蓄積に基づいて発生したものではない。

(三) 腰椎分離症による痛みの発現は、労働負荷に起因する場合とそれ以外の私生活の場における負荷や身体的素因等に起因する場合とがあり、必ず前者に結びつく訳のものではない。

(四) 背部痛のあることは腰椎分離症の悪化を推測させるが、問題は腰椎分離症と業務との因果関係の有無にあり、背部痛のあることから直ちに右因果関係の存在を認め得る訳ではない。

(五) 被控訴人には本件事故前から存在した先天的な腰椎分離症があり、同症は第四、第五腰椎の二段階の重複分離であって、第四、第五腰椎椎間には椎体の四分の一以下である第一度の辷り症もあるという、極めて特異なものであった。したがって、被控訴人の当該部位は不安定かつ軟弱であり、日常の起居動作程度の極く僅かの力によっても腰痛の発生することが十分考えられ、労働の負荷により腰痛が発生したとすることには相当慎重でなければならない。

(六) 被控訴人の従事した各作業現場において、同様の作業をした他の労働者のうち、腰椎分離症となりこれによる痛みの発現した者は皆無である。他の原因により腰痛となった者もいない。

以上によると、被控訴人の腰椎分離症による疼痛は、特異な素因である腰椎分離症に加令による変性、辷り症及び運動不足等が加わり、極めて不安定かつ軟弱となっている腰部に日常生活における通常の起居動作程度の外力が影響し、あるいは加令による変性等が進行した結果発現したもので、労働の積み重ねによる負荷が全く影響していないとはいえないまでも、少なくともそれが有力な原因になっているとは言いがたく、業務との相当因果関係を認めることはできない。

(被控訴人)

1  第一次主張、第二次主張について

原判決は、被控訴人の第一次主張、第二次主張を採用しない理由として、「被控訴人主張のとおり大きな外力が胸椎及び腰椎に加わる形で本件事故が発生したとすれば、事故直後より腰部及び胸(背)部に強い痛みが発生し、その後ある程度の疼痛が継続するのが通常であることが認められるところ、……被控訴人に激しい腰痛が発生しこれが継続したのは事故後一年二か月以上も経過した後であり」、間が開きすぎている旨判示する。

しかしながら、被控訴人は、本件事故直後から、背部から首筋にかけて痺れる痛みを生じて三日間欠勤しており、その後の出勤時も軽作業に振り替えてもらったほか、腰部にも痛みが出るなど、その症状は悪化の一途を辿った。このため、被控訴人は、事故後約一月半経ったころから医師の治療を受けた(この間の傷病名が本件事故と関係のない「右尺骨等神経麻痺」、「胃潰瘍」、「左肋間神経痛」等となっているが、実際には本件事故による痛みの治療を受けていた。)が、更に症状悪化のため、長期欠勤による入通院を余儀なくされ、現在に至っている。しかるに、原判決はこの点の判断を看過しており、事実誤認がある。

2  第三次主張について

(一) 腰痛に関する労働省の労災保険業務上外認定基準は、(証拠略)に記載のとおりである。それによると、「災害性の原因によらない腰痛」は、次の二つに類別されている。

(1) 「腰部に過度の負担のかかる業務に比較的短期間(おおむね三か月から数年以内をいう)従事する労働者に発症した腰痛」

これについては、「なお、このような腰痛は、腰部に負担のかかる業務に数年以上従事した後に発症することもある」と注意を促している。

(2) 「重量物を取り扱う業務又は腰部に過度の負担のかかる作業態様の業務に相当長期間(おおむね一〇年以上をいう)にわたって継続して従事する労働者に発症した慢性的な腰痛」

これについては、「通常の加齢による骨変化の程度を明らかに超えるものについて業務上の疾病として取り扱うこととした」と新しい基準を加えて、その認定範囲を従来の狭きに失する認定基準から拡げており、特に腰痛分離症、辷り症及び椎間板ヘルニアについては、労働の積み重ねによって発症する可能性のあることを明記している。

(二) 被控訴人が長期間にわたり過度に腰部に負担のかかる港湾荷役作業に従事してきたことは明白である。

すなわち、被控訴人の実際の作業内容と作業量の推移は被控訴人作成の一覧表及び説明図面(〈証拠略〉)に、その詳細は被控訴人作成の各陳述書(〈証拠略〉)に、それぞれ具体的に示されているが、更に敷衍すると、以下のとおりである。

洞岡現場(昭和三四年から昭和四一年まで)では、最も過酷な腰部負担労働が続いたが、その主なものは鉄鉱石に関する貨車卸し、船艙内作業及び貨車積み作業と石炭の船艙内作業等であった。これらの作業は、いずれも中腰で重い鉄鉱石等をスコップ等で掬い上げたり、持ち上げたりするほか、鉄鉱石の入った貨車を人力で押していく作業であり、腰部に過度の負担のかかる重労働が長期間かつ長時間続いた。沖口現場(昭和四一年から昭和四六年まで)及び中央沿岸現場(昭和四六年以降)でも過度に腰部に負担のかかる労働が続いたが、その主なものは鋼材積みの船艙内作業、各種玉掛け、ウインチマン、雑貨荷役等の作業であった。これらの作業は、重いダンネジやリン金を運んで敷いたり、組み上げたり、バールで鋼材を力一杯手前に引いたり、不安定な位置に腰掛けてウインチを操作したり、重いセメントやかんずめを運搬する等の作業であり、腰部に過度の負担のかかる重労働が長期間かつ長時間続いた。

(三) 以上の被控訴人の作業内容と被控訴人に発症した腰・背部痛の程度及び経過とを前記(一)の認定基準に照らして判断すると、被控訴人は、長期間にわたり過度に腰部に負担のかかる労働に従事していたところ、昭和四六年一月三一日の本件事故以来現症状が顕在化し、特に昭和四八年九月以降は就労に耐えられなくなり休業して現在に至っているものであり、被控訴人の現症状が「災害性の原因によらない腰痛」に該当することは明らかである。

3  原判決も認定するように、「腰椎分離症が存在しても必ずしも腰痛を伴うとは限らず一生腰痛が出ないで終わるケースもあること、腰椎分離症がある場合には、その部分が弱点となって腰部の外力に対する抵抗力が低下し、腰部に対し長期間繰り返し外力が加わることにより強い腰痛が発生しやすいこと」が認められるにも拘らず、控訴人は、被控訴人の労災該当性の有無に関する調査に当たって、右の点をまったく看過し、単に被控訴人の腰椎分離症が先天的かどうかにのみ焦点を絞って調査を行うに止まった結果、その判断を誤ったものである。

理由

一  被控訴人の請求原因1(当事者)、同2(本件事故の発生)及び同3(事故後の経過)についての当裁判所の認定判断は、原判決の理由一〔後掲28頁4段目〕(なお、原判決一一枚目裏初行の「第七七、第七九号証」の次に「(但し、第七七、第七九号証は原本の存在も争いがない。)」を加える)。に説示するところと同一であるから、これを引用する。

控訴人は、被控訴人に昭和四七年四月当時激しい腰痛が発生し、それが持続した事実はない旨主張するが、(証拠略)(福岡労働基準局事務官吉田博作成に係る補償費実地調査復命書)によっても、被控訴人は昭和四七年四月二四日初診で訪れた黒崎整形外科において、担当の松永医師に対し、腰痛を訴え、同医師の所見では被控訴人の第三、第四腰椎棘間靱帯に圧痛があり、第三腰椎棘突起の分離奇形、第五腰椎の分離症も存在したことが窺えるのであって、この事実に昭和四七年四月二四日以降における、原判決認定(原判決理由一3(四)ないし(七))の如き腰痛を主訴とする被控訴人の受診状況及び訴外会社における就労状況等を考慮すると、被控訴人が昭和四七年四月当時激しい腰痛が発生しており、それ以来これが持続したことを認定するに十分であり、控訴人主張の前記腰痛の不存在を推認すべき証拠はない。

二  被控訴人の請求原因5(本件処分の存在等)の事実は当事者間に争いがなく、同4(業務起因性)に対する当裁判所の認定判断は、次のとおり付加し訂正するほか、原判決理由説示(原判決理由二)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一六枚目表七行目から同八行目にかけての「前記甲第九号証(原告本人の陳述書)及び」を「前記甲第九号証及び被控訴人の当審における本人尋問の結果により成立を認める甲第四〇号証(被控訴人の各陳述書)」と改め、同一一行目の「第三二号証」の前に「第三一、」を加え、同裏四行目の「一年二か月以上も経過した後であり」の次に「(もっとも、前認定のとおり、被控訴人は本件事故の翌々日(ちなみに、本件事故の翌日は定休日であった。)から三日間欠勤し、再出勤後はウインチマンとしての作業や鋼材積みの艙内作業に従事していたことが認められるが、この間、被控訴人の稼働状況は本件事故前と殆ど変わらず、しかも被控訴人が上司や同僚に対して腰痛を訴えた事実や右腰痛を主訴として医療機関で受診した事実も明確には認定し難いところであり、被控訴人の腰痛が本件事故直後から悪化の一途を辿ったとは未だ推認し難いところである。)」を加え、同裏六行目の「前記甲第九号証及び原告本人尋問の結果」を「前記甲第九号証、第四〇号証並びに被控訴人の原審(第一回、第三回)及び当審における本人尋問の結果」と改め、原判決一七枚目表末行の「右腰痛発生の」の次に「明白な」を加える。

2  (略)〔証拠の付加訂正〕

3  原判決一八枚目表四行目〔同31頁2段目末行~3段目初行〕の「請求原因4(二)記載のとおりであったこと」から同一九枚目表初行の末尾まで〔同2段目27行目〕を次のとおり改める。

「請求原因4(二)の中段(原判決四枚目裏一二行目の冒頭〔同27頁2段目後から7行目〕から同五枚目表一二行目〔同3段目16行目〕の「従事しており」まで)の記載のとおりであったこと、すなわち、

(1)  昭和三四年ころから昭和四一年一〇月までの間従事した洞岡現場では、

〈1〉 鉄鉱石の貨車卸し作業

鉄鉱石を貨車から卸す作業である。具体的には、貨車に積載された鉄鉱石を貨車上でスコップに掬い、脇のベルトコンベアに移し替える作業である。中腰のまま行い、スコップに掬った鉄鉱石の重さは一回で約五ないし一〇キログラムであった。一日におけるこの作業の行程は、一度に五台連結の貨車(貨車一台につき約一五トンの鉄鉱石が積載されていた。)が入り、六、七人の作業員で二時間弱かけて鉄鉱石を卸し(貨車周辺にこぼれ落ちた鉄鉱石をスコップで掬う作業も含まれる。)、次の貨車が入ってくるまで一時間から一時間半の休憩時間を挾んで、一日に三度この作業を繰り返すものであった。作業員にとっては重労働であり、おおむね若い作業員が選ばれていた。体力に自信のあった被控訴人は、当初の日雇い時代(昭和三五年六月まで)はもちろん、その後の準常傭(昭和三六年七月まで)、常傭(昭和三六年八月以降)になってからもこの作業に従事し続けた。

〈2〉 鉄鉱石や石炭の艙内作業

起重機ないし揚荷装置のバケットで荒掴みした後の船艙内に残された鉄鉱石等を艙口の中央に繰り出す作業及び右鉄鉱石等をスキップ(鉄製の大箱)やモッコに入れて起重機等で船外に運び出す作業である。具体的には船艙内の四隅に残った鉄鉱石等をスコップで掬い又は熊手の形をしたガンヅメで竹製のエビシヨウケに掻き入れるなどして船艙内の中央に集めたり、スキップやモッコに入れる作業が主となる。鉄鉱石の場合、スコップで掬った一杯の重さは約七キログラム前後、エビシヨウケ一杯の重さは約一五キログラム前後であった。なお船艙内にバックドーザー(引き出し機)が導入された昭和三七、八年以降も、ガンヅメ等を使った人力による鉄鉱石の繰り出し作業は残っていた。この作業は船艙内の鉄鉱石等がなくなるまで何日も続けて行う形態のものであった。

〈3〉 鉄鉱石や石炭の貨車積み作業

貨物船から鉄鉱石等を貨車に積み替える作業であり、空の貨車や鉄鉱石等を積んだ貨車を数人掛かりで手や肩で押す作業を伴う。貨車を始動させる時にバールで捏ねる必要があったが、ウインチが導入された昭和三七、八年以降は貨車押しの作業は省力化された。

以上の作業があり、被控訴人は、残業時間を含めて一日に一〇時間以上勤務(但し休憩時間を含む。なお準常傭となった昭和三五年七月以降は昼夜二交替制となる。昼勤は午前七時から午後六時まで、夜勤は午後七時から午前六時までであり、一人の作業員が昼夜続けて二四時間働くこともあった。)し、月平均で二六日以上の実労働をしていたこと(常傭となってからは、現場の責任者的な立場も受け持ったが、配置される労働者の数が不足なため、被控訴人も引続き現場の作業に従事していた。以下においても同様であり、現に本件事故も現場作業そのものに従事中の出来事であった。)

(2)  昭和四一年一一月から昭和四六年八月までの間従事した沖口(本船)現場では、

〈1〉 鋼材積みの艙内作業

艀から積み込まれた鋼材を貨物船の船艙に積み付ける作業であり、船艙内での荷崩れ防止や積載位置の段取りのためダンネジ(木製の緩衝材)を敷設する作業のほか、金属バールを使って鋼材を積み上げる作業が主となる。ダンネジは一本三ないし一〇キログラム前後の重さがあり、被控訴人は一回で平均三、四本のダンネジを持ち運んでいた。金属バールは鋼材の位置を直すため鋼材と鋼材との間に入れて捏ねるようにして使用する。なお、被控訴人は週の半分以上をこの鋼材積みの艙内作業に従事していた。

〈2〉 鋼材積みのウインチマン及びデッキマンの作業

鋼材を起重機等を使って艀から貨物船に積み込む作業であり、艀上で鋼材にワイヤーを掛けたり、艙内で鋼材からワイヤーを外したりする玉掛作業、起重機等を操作するウインチマンの作業、その合図をするデッキマンの作業等がある。金属バールを使用することがある玉掛作業を除いて、いずれも特に腰に負担のかかる作業ではなく、被控訴人はウインチ操作の作業を週二日位、デッキマンの作業を月一日位の割合で従事していた。

〈3〉 雑貨の荷役作業

科学肥料、セメント袋、かんずめ等の雑貨を貨物船に積み込み、又は貨物船から積み卸す作業であり、船艙内での荷役が主となる。月に一、二日の作業量であったが、一五ないし四〇キログラム以上ある雑貨を担いで運搬する作業のため、決して軽作業ではなかった。

以上の作業があり、被控訴人は、一日に一〇時間以上の勤務(昼夜二交替制)で月平均二二、三日以上(但し本件事故以前)の実労働をしていたこと

(3)  昭和四六年九月から完全休職した昭和四八年九月までの間従事した中央沿岸現場では、

〈1〉 鋼材積みの艙内作業

作業内容は前記(2)〈1〉と同様で、被控訴人はおおむね週のうち半分以上をこの仕事に従事していた。

〈2〉 鋼材積みの玉掛作業

貨車上や鋼材倉庫において、鋼材に起重機等のワイヤーを掛けたり外したりする作業。リン金(ワイヤーが通るよう鋼材と鋼材との間に敷設された金属製の切れ端。重さが一本三ないし三〇キログラム前後のものまであった。)の敷設運搬の作業があり、被控訴人は週二日位の割合でこの作業に従事していた。

以上の作業があり、被控訴人は、そのころから始まった三交替制により、一日に一〇時間前後の実労働をしていたこと

が認められ、これらの作業はいずれも腰部に大きな負担がかかる性質のものであり、多くの現場作業員らも腰への過大な負担につき苦情を洩らしていたものである。以上の認定に反する(証拠略)は、前掲各証拠に対比して未だ措信するに足りず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、(証拠略)によると、労働省は労災補償における腰痛の業務上外の認定基準に関する労働基準局長通達として、『災害性の原因によらない腰痛』に関し、

(1)  昭和四三年二月二一日付け通達(〈証拠略〉・腰痛の業務上外等の取り扱いについて)において、『重量物を取り扱う業務等腰部に過度の負担のかかる業務に従事する労働者に腰痛が発症し、それが当該業務に起因することが明らかである場合』を業務上の疾病(労働基準法施行規則(昭和五三年労働省令第一一号による改正前のもの)第三五条第三八号該当)として揚げ、その解説として、〈1〉『比較的短期間の重量物取り扱いなど腰部に過度の負担のかかる業務に従事する労働者に腰痛が発症した場合である。例えば、約二〇キログラム以上の重量物、あるいは軽重不同の物を中腰またはそれ以上の不自然な姿勢で取り扱ったり、毎日数時間も引き続いて同様の不自然な姿勢で作業を行ったとき腰痛が発症した場合』、〈2〉『腰部に過度の負担がかかる重激な業務に一〇数年にわたり継続して従事する労働者に慢性的な腰痛が発症する場合』の二つを示し、その判断要素として更に、『作業内容(取扱重量物の大きさ、重量、形等の性質、作業姿勢、持続時間および回数等)、当該労働者の身体的条件(性別、年令、体格、体重および身体障害等)および作業の従事期間等からみて、当該腰痛の発症が医学常識上業務に起因するものとして納得しうるものであり、かつ、医学上療養を必要とする場合』を指摘するほか、『腰椎分離症や辷り症は、労働によって発生することは極めて少ない』としていること

(2)  昭和五一年一〇月一六日付け通達(〈証拠略〉・業務上腰痛の認定基準等について。昭和五三年三月三〇日付け通達で改訂。)において、前記(1)通達の改訂として、『重量物を取り扱う業務等腰部に過度の負担のかかる業務に従事する労働者に腰痛が発症した場合で当該労働者の作業態様、従事期間及び身体的条件からみて、当該腰痛が業務に起因して発症したものと認められ、かつ、医学上療養を必要とするもの』を業務上の疾病(労働基準法施行規則第三五条の別表第一の二第三号2該当)として掲げ、その解説の〈1〉を『腰部に過度の負担のかかる業務に比較的短期間(おおむね三か月から数年以内をいう。)従事する労働者に発症した腰痛』とし、右の『腰部に負担のかかる業務』として『イ おおむね二〇キログラム程度以上の重量物又は軽重不同の物を繰り返し中腰で取り扱う業務、ロ 腰部にとって極めて不自然ないしは非生理的な姿勢で毎日数時間程度行う業務、ハ 長時間にわたって腰部の伸展を行うことのできない同一作業姿勢を持続して行う業務、ニ 腰部に著しく粗大な振動を受ける作業を継続して行う業務』を示し、また〈2〉を『重量物を取り扱う業務又は腰部に過度の負担のかかる作業態様の業務に相当長期間(おおむね一〇年以上をいう。)にわたって継続して従事する労働者に発症した慢性的な腰痛』とし、右の『重量物を取り扱う業務』とは『おおむね三〇キログラム以上の重量物を労働時間の三分の一程度以上取り扱う業務及びおおむね二〇キログラム以上の重量物を労働時間の半分程度以上取り扱う業務』をいい、『腰部に過度の負担のかかる作業態様の業務』とは『右に示した業務と同程度以上腰部に負担のかかる業務』をいうとし、かかる業務に長年にわたって従事した労働者に発症した腰痛については、『胸腰椎に著しく病的な変性(高度の椎間板変性や椎体の辺縁隆起等)が認められ、かつ、その程度が通常の加齢による骨変化の程度を明らかに超えるものについて業務上の疾病として取り扱う』旨定めるほか、認定の一般的留意事項として、『腰椎分離症、すべり症及び椎間板ヘルニアについては労働の積み重ねによって発症する可能性は極めて少ない』、『腰痛を起こす負傷又は疾病は、多種多様であるので腰痛の業務上外の認定に当たっては傷病名にとらわれることなく、症状の内容及び経過、負傷又は作用した力の程度、作業状態(取扱い重量物の形状、重量、作業姿勢、持続時間、回数等)、当該労働者の身体的条件(性別、年齢、体格等)、素因又は基礎疾患、作業従事歴、従事期間等認定上の客観的な条件のは握に努める』こと等を示していること

が認められる。

してみれば、前記認定の被控訴人の港湾労働作業は、原審証人前田勝義の証言にも照らすと、右に見た通達(2)の〈2〉の『腰部に過度の負担のかかる作業態様の業務』に概ね該当するものというべきであり、しかも、前記認定(原判決理由二1(二))のとおり、被控訴人の腰部痛は、本件事故前から存在した第四、第五腰椎分離症及びそれに基づく辷り症に起因するものであるところ、(証拠略)、原審証人岩渕亮及び同田口厚の各証言、原審における鑑定の結果(これらの証拠及び公知の医学上の一般的見解によれば、腰椎分離症が存在しても必ずしも腰痛を発症するとは限らず、一生腰痛が発生しないで終る場合もあること、腰椎分離症がある場合には、その部分が弱点となって腰部の外力に対する抵抗力が低下し、腰部に対し長期間繰り返し外力が加わることにより強い腰痛が発症し得ること及び腰椎分離症が悪化すると腰部のみならず背部にも痛みが発生する場合があること等が認められる。)及び被控訴人の原審(第一ないし第三回)における本人尋問の結果を総合すると、被控訴人の右腰椎分離症は第四腰椎及び第五腰椎の二段階の重複例であって極めて稀な症例であるが、同症に基づく腰痛を被控訴人が本件港湾労働に従事する以前から訴えていたこと、あるいは本件港湾労働に従事するようになった後に日常生活に伴う起居動作程度の僅かな腰部に対する外力や一寸した不自然な姿勢によって発症したことなど、本件港湾労働とは関係のない要素によって右腰痛が発症したと認めるに足りる事情は窺うことができず、他方、本件事故後に明確となった被控訴人の腰椎等の変性は前記のとおり顕著なものがあり、結局のところ、本件では、被控訴人の従事した前記本件港湾労働の内容(特に、被控訴人が日常取り扱っていた鉄鉱石等の重量、作業姿勢、作業時間及び作業回数等)、被控訴人の有する身体的素因ないし基礎疾患、被控訴人の腰痛の発症経過、被控訴人の身体的条件(前記原審証人前田勝義の証言及び被控訴人の原審(第一回)における本人尋問の結果によると、被控訴人は昭和一一年生まれの男性であり、体格もよく、本件港湾労働に二四才ころから三七才ころまでの間就労し、性格は非常に我慢強く黙々と作業するタイプであったことが窺える。)等をも総合して考察すると、被控訴人の腰・背部痛は、腰椎分離症及び辷り症という被控訴人の従来の素因に前認定のような本件港湾労働への長期従事という労働の積み重ねが関与して出現するに至った疾病である(それは、単なる加令現象ないし自然憎悪の域を超えたものである。)と判断するのが相当であり、この意味で被控訴人の腰痛の発症と本件港湾労働との間には相当因果関係があり、右因果関係の存在は上来挙示の諸証拠に照らし医学的にも説明が可能なものというべきである。他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない。」

4  原判決一九枚目表二行目〔同31頁2段目末行〕を「(二) そうすると、被控訴人の現症状は、労働基準法七五条、同法施行規則三五条にいう業務上の疾病に該当するというべきであるから、被控訴人の第三次主張は理由がある。」と改める。

三  (結論)

叙上のとおり、被控訴人の第三次主張に基づき本訴請求を認容した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 友納治夫 裁判官 山口茂一 裁判官 榎下義康)

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